
座敷わらしって聞くと、
『妖怪?』
なんて思ってしまいますが、座敷わらしはどうやら妖怪とは違うようです。
しかも、この座敷わらしに出逢えると幸運が訪れるとか・・・。
さて、座敷わらしは緑風荘で出逢えるようですが、
それはどこにあるのでしょうか?
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座敷わらしって何なの??
座敷わらしは岩手県を中心に目撃談が今に伝わるお話しですが、青森県や秋田県などの東北地方でも様々なお話が残っています。
年齢は3~15歳と幅広く、男の子も女の子もいるようです。
いたずらが好きで寝ようとしている枕をひっくり返したり、
そして当時は囲炉裏でしたので、その灰などで足跡を残したりなんて事をしていたそうです。
また、精霊として家や蔵の守り神ということで、とても大事にされています。
座敷わらしが住んでいる家は幸運が訪れるといわれています。
幸運の宿と言われる緑風荘とは?
緑風荘は岩手県二戸市金田一という所にある旅館です。創業は1950年からだそうですが、今の様に座敷わらしの宿として有名にはなったのは1970年代です。
ある作家さんが緑風荘の座敷わらしを題材として児童書を出版してからだといわれています。
特に座敷わらしに出逢える率が高いのが、
『槐(えんじゅ)の間』
というお部屋で、多くの政治家や著名人もこの部屋に泊まり、
幸運に巡り合った人が多くいます。
なのでそこは現在でも人気のお部屋となっています。
緑風荘の座敷わらしをもっと詳しく
緑風荘の敷地内には亀麿神社(わらし神社)という神社があります。その亀麿(かめまろ)こそ座敷わらしだといわれているのです。
亀麿の父は南北朝時代に南朝側として戦をしていました。
ですが北朝側に敗れてしまい、現在の奈良県から東京都あきる野市へ逃げ落ちます。
しかし、この関東の地も勢力内であったために、さらに北上し、
現在の亀麿神社がある岩手県へたどり着きます。
この道中、6歳と4歳の兄弟も一緒に北上していたのですが、
兄の亀麿が途中で亡くなってしまいます。
亀麿は亡くなる際に、
『末代まで家を守り続ける』と言い残したそうです。
その亀麿の霊が緑風荘の『槐の間』に住みついて座敷わらしになったといわれています。
この亀麿の座敷わらしに出逢いますと、
実際にこの部屋に泊り座敷わらしに出逢った人たちには幸運が訪れているようです。
しかし、座敷わらしは誰でもが遭遇する訳ではありません。
この部屋で寝泊りをしても出逢えない人もいるそうです。
さて、この緑風荘の25代当主のことですが、
第二次世界大戦時の徴兵を手続き上の間違いで免れるハプニングがあり、
そして、その後に訂正を願いいれたにも関わらず、撤回されることなく出兵が出来ませんでした。
一緒に出兵するはずだった青年たちは輸送船でほとんどがなくなってしまっています。
つまり、手続き上の偶然の間違いが結果的には命拾いをしたことになります。
火事での不思議な出来事とは!

緑風荘は2009年に火災で多くを焼失してしまっています。
ですが、なぜか亀麿の祠だけは一切燃えていなかったそうです。
また、その際に宿泊していたお客さんや従業員など誰も欠けることなく救出されています。
これも亀麿が守ってくれたおかげだといわれています。
ところで、緑風荘に住んでいた座敷わらしは火事によってどうなってしまったか?
と心配されていましたが、
火事の際に亀麿神社へ子供2人が入っていくのが消防や近所の人などに目撃されています。
おそらくは、この子供2人は兄の亀麿と弟だったのではないでしょうか。
ちゃんと避難できていたようです。
実は、2016年の5月から再建され営業が開始されています。
この再建までの間は座敷わらしの目撃談が近隣の旅館で相次いでいます。
つまり、このことから、
「家のない亀麿が遊びに行っていたのではないか」
ともいわれています。
まとめとして
緑風荘と座敷わらしの関係がお分かりでしたでしょうか。座敷わらしは会おうと思っても会えるものではないようですね。
やはり生きている人間同士のようにフィーリングというものがあるようです。
再建された新たな緑風荘にも亀麿が戻ってきて、また家を守りながらいたずらをするのでしょうか?
そして、何よりも多くの方に幸運を運んでくれるといいなと思います。